PROJECTS

神田鍛冶町の飲食テナントビル「D-Scape Kanda」

  • COMMERCIAL

2026.08

東京都千代田

さまざまな速度が交差する場所

神田駅南口。神田金物通り、神田ふれあい通り、日銀通りが交わる角地に、本計画の敷地はある。地上では歩行者と車が行き交い、頭上ではJR在来線、東北新幹線、秋田新幹線、北陸新幹線の高架が幾重にも重なる。徒歩、自動車、在来線、新幹線——速度も高さも異なる複数の交通が、同じ場所に幾層にも積み重なっている。

神田は江戸期より、武家地と町人地が隣り合う街として発展してきた。「鍛冶町」「紺屋町」という現存する町名は、鍛冶職人や染物職人がかつて軒を連ね、技を競い合った歴史の痕跡である。明治期に馬車鉄道が敷かれてからは交通の要衝としての性格も強まり、身分や職能の異なる人々が行き交う場として、街は幾度も姿を変えながら賑わいを更新してきた。現在も、神田明神を擁する歴史性と、裏路地に息づく庶民的な飲食文化とが同居する、重層的な街並みが残っている。

この街の魅力は、建物の高さや大通りの表情にはない。表通りから一本の路地に入るたびに、思いがけない店や人の気配に出会う、その奥行きにこそある。路地を歩くという行為は、この敷地に重なる数々の交通のなかで、もっとも遅く、人が街の奥行きを身体で感じる移動である。

 

視線の接続から、歩行の接続へ

われわれは2017年、神田小川町のテナントビル(神田テラス)において、飲食テナントビルの中間階の価値をどう引き上げるかという課題に取り組んだ。地上からのアクセスや眺望という優位性を持たない中間階は、家賃の坪単価が上がりにくい。その解として、前面道路側の外形にヴォイドを穿ち、地上階から最上階まで連続する立体的なガーデンテラスを設けた。上下階のテラスをヴォイドでつなぐことで、上階にいても下の通りとの接地感を保ちながら、積層する飲食ビルでは希薄になりがちな各テナント間の関係を結び直し、あるレストランを訪れた客が別のレストランにも足を運ぶという相乗効果を狙った。ただしこの接続は、階段によるものではなく、視線と気配によるものだった。当時から、テラスを階段でつなぐという構想もあったが、事業条件などから実現には至らなかった。

本計画は、神田テラス以来約9年越しのこの構想を、ようやく形にしたものである。視線だけでなく、実際に歩いて上下階を行き来できる階段を加えることで、神田テラスが目指した接続を、より確かなものにしている。階段を、避難のためだけでなく、あるテナントから別のテナントへ、食後にもう一軒はしごするための日常的な動線として位置づけ直す試みである。

一般的な飲食テナントビルでは、エレベーターだけが上下階を結ぶ。人は目的の店舗へ最短距離で運ばれ、各階は互いに独立した箱として積み重なるため、上下階のテナント同士の関係は希薄になりがちである。階段は、いずれにせよ避難上必要な設備として、規模に応じて法規上必ず設けなければならない。しかし現実には、その大半はエレベーターの陰で、非常時のためだけに存在する設備として扱われている。

しかし、階段を設けるだけで人は上らない。エレベーターという選択肢がある限り、わざわざ階段を選ぶ理由がなければ、階段は今までと同じように使われないままになる。そこで各階のテラスを階段で縫うようにつなぐことで、上ること自体に動機を与えている。上る途中で隣の店の賑わいが見え、風を感じ、テラスに人が滞在している。景色を楽しみながら上っていくと、体感としてはあっという間に最上階まで着いてしまう。エレベーターとは異なる、もう一つの上り方を、この階段は提供している。

 

ヴォリュームを調整して「垂直な街並み」をつくる

計画は、容積率を最大限に活用したシンプルな直方体のヴォリュームスタディから始まった。当初は8階建て、各階約40坪の閉じた店舗空間を想定した、一般的なペンシルビルである。しかし、高さ方向に余裕があることから、各階の面積を約30坪まで絞り込み、その分階数を10階へ増やす構成へと再編した。容積率はほぼ維持したまま、建物全体をより細長いプロポーションへと再構成している。

30坪という区画は、飲食テナントとして最も成立しやすい規模の一つであり、賃料水準と事業性の両面で借り手がつきやすい。また店舗数を増やすことで、多様な飲食店が集積する街のような構成を生み出すことができる。最終的な容積率は596.58%となり、指定容積率600%に対して99.4%を消化している。

地下階では既存基礎との干渉を避けるため、地下部分の床面積を一部縮小した。一方、地上階では道路境界から約2mセットバックした位置に整形な中央架構を定め、その外側へ店舗空間とテラスをキャンティレバーで持ち出している。中央架構は建物全体を貫く骨格となり、その周囲に各階で異なる大きさと形状のテラスが展開することで、立体的な路地の骨格を形成している。

中央架構は6本の柱によるラーメン架構を基本とし、制振ブレースを付加した構造としている。建築基準法で求められる耐震性能は通常のラーメン構造でも満たすことができるが、本計画では、人命を守ることに加え、大地震後も建物を継続して利用できることを性能目標とし、制振構造を採用した。

 

階段が「垂直な路地」となる

この規模の建築では、直通階段を二系統設けることが原則となる。本計画の面積からすると、屋外避難階段一系統と避難上有効なバルコニーを組み合わせることで階段を一系統に減らす緩和規定を適用することも可能であった。しかし、この場合には屋外避難階段の出入口以外の開口部を2m以上離す必要があり、テラスと大きく開いた階段空間という設計意図とは相容れない。そのため本計画ではこの緩和を採用せず、原則どおり二系統の直通階段による避難計画としている。

さらに、10階建てでは通常5階以上へ通じる階段は避難階段とすることが求められるが、各階を100㎡以内ごとの防火区画とすることで、避難階段ではなく直通階段として計画した。これにより避難階段に課される開口部の制約を受けることなく、テラスと店舗が連続する開放的な階段空間を実現している。一方で、直通階段には竪穴区画が必要となるため、階段に面する開口部には遮煙性能を有するスチールサッシを採用し、竪穴区画を成立させながら店舗との視覚的な連続性を確保している。また、地下階へ通じる階段は避難階段として計画し、開口部は1㎡以内の嵌め殺し窓とすることで、防火性能を確保しながら地下階にも外部との視覚的なつながりを与えている。

二系統のうち一方の階段は、各階のテラスを斜めに縫うように接続されている。この階段は各階のテラスの間を斜めに突き抜けながら上昇し、建物の外形そのものに動きのある陰影を刻んでいく。もう一方は神田金物通り側に設けた、上下階を最短距離で結ぶ直線的な動線である。

エレベーターが目的階へ人を運ぶ装置だとすれば、この階段は街を巡る装置である。階段を上るたびに隣の店の賑わいが視界に入り、料理の香りや風を感じ、人々の気配と交差する。

テラスに立ったとき目に入るのは、隣接する店舗の賑わいだけではない。眼下には角地を行き交う車の流れがあり、頭上には新幹線が高架を走り抜けていく。路地を歩く人の速度、階段を上る人の速度、道路を走る車の速度、高架を通過する列車の速度──この建築が取り戻した歩行者の奥行きは、同時に、この敷地にもともと重なっていたさまざまな速度を見晴らす視点でもある。テラスは店舗のための外部空間であると同時に、この街がもつ幾層もの速度を眺める場所となっている。

神田の路地がもつ奥行きの経験を、建築の断面へ翻訳する。路地、テラス、階段、テラス、階段、テラスと連続する断面構成によって、水平に広がる神田の路地は垂直方向のシークエンスへと立ち上がる。

 

テナント区画を支える共用空間

平面計画では、間口の広い日銀通り側に、テラスへ接続する直通階段とエレベーターを含む共用ロビーを配置し、同じファサード面に地下階へ至る階段も設けている。神田金物通り側には、もう一つの直通階段を設けている。この二面のファサードは線路側から最も視認される面であり、行き交う列車の中からも建物の存在を認識できる。

一方、2項道路側と隣地側は、換気・排気設備を集約する建物の裏の面として計画した。各階には空調室外機を設置するためのサービスバルコニーを設け、景観への配慮からルーバーで覆っている。その結果、床面積に算入されることになるが、各テナントが専有的に使用する空間であることから、リースライン内として扱うことに合理性がある。

地下階は主にエレベーターホール経由でのアクセスを想定しているが、階段からの独立したアクセスも可能な構成としている。建物全体で必要となる身障者用トイレと、日常のごみ出し用の室は共用エレベーターホールからアクセスする形にまとめた。これとは別に、収集日に粗大ごみを一時的に出しておく屋外の置き場を、1階エントランス脇の道路に面した位置に確保している。

上階では1フロア1テナントとしているため、エレベーターホール前も含めてリースライン内とし、各テナントがそれぞれ二面以上のテラスを持つ構成とした。階段に接続する大きな踊り場状のテラスは、上下階の隣接店舗へ向かうアプローチ空間として機能し、階段から独立した小さなテラスは、そのまま客席として利用できる。

共用部は最小限に整理しながらも、日常的に人が滞留するテラスや階段は各テナントの活動領域へ取り込み、上下階を巡る体験そのものを建築の価値としている。

 

ファサードと素材

図面上のファサードと、地上から見上げたときのファサードは、この建築ではまったく異なる表情を見せる。テラスや張り出した個室部分はキャンティレバーで持ち出され、その軒裏―テラスの床を下から見上げたときの軒天井―には燻煙加工を施した木材を用いた。手すりに組み込んだ照明がこの軒天井を照らし出すことで、通行人がもっとも目にする「上裏」の面を、もう一つのファサードとして立体的に浮かび上がらせている。

軒天井を第二のファサードとして捉える考え方は、神田テラスにおいて木の軒裏を照明で照らし出した際に生まれたものである。本計画では、その考え方をテラスと階段が連続する断面全体へと展開し、立体的な路地の構成が、そのまま都市へ現れるファサードとなることを目指した。

全面ガラス張りの開口部は、オフィスビルのような無機質な表情を避けるため、飲食店の内装になじみやすい黒の格子状サッシュとした。この硬質な黒いサッシュと、軒天井の温かい木の仕上げ、手すり際に植えられた在来種の植栽とが対比を成し、垂直に連なる庭のようなテラスを形成している。

木材の積極的な使用は、意匠的な理由に留まらない。構造材としてではなく、仕上げとして木を選び取り、随所に用いることそのものが、木材利用による環境負荷低減という社会的な意義と、木のもたらす暖かみを人々の日常的な体験に結びつけるという二つの意味を持っている。

 

都市の奥行きを、建築の断面へ

本計画は、飲食店を単純に積層させたテナントビルではない。

神田テラスにおいて「テラス」の挿入から始まった思考は、この計画において垂直な路地をつくるという、より都市的な操作へと展開した。都市には表通りの高さとは別に、路地が持つ奥行きがある。この奥行きを、水平方向のまま模倣するのではなく、垂直方向の断面へと翻訳すること——それが、この建築における核心的な操作である。

水平の路地を歩くとき、人が同時に目にできる景色は一つの店先だけである。角を曲がるまで、次の店の存在は見えない。しかし奥行きを垂直方向へ変換したとき、この関係は逆転する。階段の途中に立てば、見上げた先にも見下ろした先にも、同時に複数階のテラスの灯りと人の気配が重なって見える。さらに視線を外へ向ければ、街を行き交う車や、高架を走る列車までもが同じ視界の中に収まる。かつて路地を奥へ進むことでしか出会えなかった重なりと、この敷地がもとから持っていた交通の重なりとが、断面の中で一つの景色として結びつく。これは、水平の路地にも、閉じたエレベーターの中にも存在しえなかった、垂直の奥行きだけがつくり出す景色である。

エレベーターが人を目的階へ運ぶ速度だとすれば、避難上必須の設備でありながら日常の動線として位置づけ直したこの階段は、路地を歩くのと同じ速度で、人を街の賑わいのなかへ、そしてこの街を行き交うさまざまな速度を見晴らせる場所へと連れ出す。設計者にとって、これは水平の路地を垂直の断面へ変換する操作である。しかし実際にこの建築を訪れる人にとって、階段や断面構成そのものは意識されない。目に映るのは、階段を上るたびに料理の香りが漂い、隣の店の灯りが見え、人とすれ違い、遠くに街の動きが見える、賑やかな一本の通りである。

そしてその先に、テナントそれぞれの世界観と、そこを訪れる人々の記憶が積み重なることで、この建物は時間とともに一つの景色として育っていくはずである。神田の路地が長い年月をかけて奥行きを育んできたように、この建築もまた、竣工した瞬間に完成するわけではない。そこに立つ店と、そこを訪れる人々の日々の営みによって、垂直の路地は少しずつ街の記憶を重ね、新たな神田の奥行きを育んでいく。

  • 敷地:東京都千代田区
  • 用途:店舗(飲食店舗)
  • 構造:鉄骨造(ラーメン構造・付加制振構造)
  • 基礎:現場造成杭
  • 規模:地下1階・地上10階
  • 敷地面積:211.93㎡(有効敷地面積:190.27㎡)
  • 建築面積:145.75㎡(建蔽率76.61%/許容100%)
  • 延床面積:1,212.70㎡
  • 容積対象面積:1,135.10㎡(容積率596.58%/許容600%)
  • 最高高さ:37.505m
  • 軒高:34.226m
  • 用途地域:商業地域
  • 防火地域:防火地域
  • 建築主:大和ハウス工業株式会社
  • 設計監理:株式会社キー・オペレーション一級建築士事務所
  • 構造設計:有限会社金箱構造設計事務所
  • 設備設計:有限会社コモド設備計画
  • 施工:菊池建設株式会社
  • 写真:矢野紀行

RECOMMEND POSTS

ZARA 吉祥寺店

2017.11

Starbucks 明石魚住店

2018.09

ZARA Aeon 越谷レイクタウン店

2014.02

  • TOP
  • PROJECTS
  • 神田鍛冶町の飲食テナントビル「D-Scape Kanda」