PROJECTS

クックパッド池尻オフィス

  • WORKSPACE

2025.08

東京都目黒区

キッチンを核としワークプレイスの構築
本計画は、クックパッドのオフィス移転に伴い、池尻大橋に建つ既存オフィスビルのB1F・1F・2Fの3層を用いて、新たなワークプレイスを構築するものである。
これまで横浜に構えていたオフィスからの移転にあたり、同社が重視したのは、単なる執務環境の刷新ではなく、「キッチンを含めたオフィス空間」を中心に据え、日常的な業務の中から自然に出来事が生まれるような場をつくることであった。
敷地は東急田園都市線・池尻大橋駅に近く、都市的な利便性を備える一方、周辺には住宅地も広がる落ち着いた環境に位置する。既存ビルは、1階が全面ガラス張りで街路に対して高い開放性を持ち、対照的にB1Fおよび2Fは外部から内部の様子が直接視認されない構成となっていた。本計画ではこの建物の特性を積極的に読み替え、外部に開く階と、内部に向かって完結する階とを明確に使い分けるゾーニングを全体構成の軸としている。

1F|街に開かれたキッチンとダイニング
1階は、本オフィスの象徴的な空間であるメインキッチンとダイニングを中心に構成されている。道路に面したガラスファサードを介して、内部の活動が街ににじみ出るこのフロアは、オフィスでありながら半ば公共的な性格を帯びた場として位置付けられている。
キッチンは複数人が同時に使用できるスケールとし、調理台やコンロを分散配置することで、個人利用からグループ調理まで柔軟に対応できる構成とした。食材や調味料は常時豊富にストックされ、洗い場も十分に確保されている。昼時には社員がそれぞれ、あるいは小さなグループで自然に集まり、調理し、食事を共にする風景が日常的に展開される。
このダイニングエリアは、食事の時間に限らず、ミーティングや簡易的な打ち合わせ、さらにはレクチャーやイベントなどにも用いられる多目的な空間である。家具配置を可変とすることで、用途に応じた空間の読み替えが可能となっており、業務と非業務、フォーマルとインフォーマルの境界が緩やかに溶け合う場を形成している。エスプレッソマシンをはじめとした設備も、この空間の滞在性を高める要素として組み込まれている。
一方、同じ1階にはアドミニストレーション部門の執務エリアが配置されている。こちらは秘匿性の高い情報を扱う性質上、キッチンおよびダイニングからは明確にゾーニングされ、視線・動線ともに切り分けられている。その両者をつなぐ通路には、1on1のための小さなミーティングルームが点在し、業務上の対話が自然に挿入される構成とした。
さらにこの通路沿いには、一般的な「会議室」とは異なる性格を持つ、居住性の高いミーティングルームを設けている。家具構成やスケール感は住宅のリビングを想起させるもので、リラックスした雰囲気の中で議論が行われることを意図している。壁面には多数のホワイトボードを設け、身体的な動きを伴いながら思考を展開するための空間として計画した。

B1F|内向きのリラックスと多様な作業環境
地下1階は、1階とは対照的に、より内向きでプライベートな性格を持つフロアとして構成されている。フロア中央にはキッチンを据え、その周囲にリラックスエリアを配置することで、執務・ワークショップ・集中といった異なる活動が、緩やかに連続する空間構成をとっている。
このキッチンは、外部への発信よりも社内利用を主眼としたものであり、日常的な調理や軽食、コミュニケーションのための拠点として機能する。ここから、エンジニアが作業を行うワークショップエリア、通常の執務スペース、さらには横になって休息や集中ができるエリアへと動線が派生していく。
執務エリアでは、天井際にガラスを用いることで視線を遮りつつ、空間としての連続性を確保している。照明の色温度も意図的に調整し、キッチン周りのリラックスした雰囲気から、仕事モードへの心理的な切り替えを促す設えとした。広がりのあるオープンスペースと、グループ単位でまとまるブース状のスペースを併置することで、作業内容に応じた居場所の選択を可能としている。
また、地下でありながら、ミーティングや執務が配置されたエリアの一部は、敷地裏側の段差を利用して外部に面しており、間接的な自然光と外部との関係を確保している。一方で、窓を持たないエリアについては、その特性を積極的に活かし、パワーナップや深い集中のための暗めの空間として設計した。

2F|スタジオ機能と日常業務の重なり
2階は、より静かな執務環境と、スタジオ機能を内包するフロアである。エレベーターを降りると、まず簡易的なキッチンエリアが設けられ、ドリンクの準備や短時間の滞在を支える場となっている。その先には扉を持たないブース状のミーティングエリアが連なり、気軽な打ち合わせや立ち話が自然に生まれる構成とした。
執務エリアは、広がりのある空間と、小さなチーム単位で使われるブース状の空間が混在する構成とし、業務の粒度に応じた環境を用意している。窓際には小上がりのスペースを設け、視線の高さや身体姿勢を変えることで、思考のモードを切り替える場として機能している。
また、このフロアにはラウンジが設けられ、その背後にはガラス越しにキッチンスタジオが配置されている。日常の執務と、撮影・収録といった非日常的な活動とが視覚的に重なり合うことで、オフィス全体に多層的な時間と活動の気配をもたらしている。

「働く場」を再定義する建築
このオフィスにおいてキッチンは、福利厚生的な設備ではなく、人の動きと関係性を編み直すための建築的装置として位置づけられている。
朝・昼・夜で異なる使われ方をし、これまで交わることのなかった人同士が自然に交差する。そうした「コト」が起こる余地を、用途の固定や過度な管理によって閉じないこと。そのために、ゾーニング、動線、視線、光環境が丁寧に組み立てられている。
本計画は、オフィスを単なる労働の場としてではなく、企業文化が日々更新され続けるための環境そのものとして捉え直す試みである。建築は完成した瞬間が終わりではなく、使われ方によって意味を更新し続ける。その前提に立ったとき、この池尻のオフィスは、これからも時間とともに異なる表情を見せていく。

  • 敷地:東京都目黒区
  • 用途:オフィス
  • 竣工:2025.08
  • 事業主:クックパッド株式会社
  • 設計監理:株式会社キー・オペレーション
  • 内装施工:男鹿建業
  • キッチン設計施工:松下設備株式会社
  • 電気機械設備設計施工:株式会社トウサイ
  • 写真:トロロスタジオ 中村マユ
  • 延床面積:1,498.47m²

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