三軒茶屋駅から徒歩3分、茶沢通りに面して建つ地上8階建ての小規模商業ビルである。周囲には古くからの飲食店や物販店舗がある雑居ビルが立ち並ぶエリアに位置する。幹線道路でありながらも人通りが絶えず、茶沢通りの歩行者的なスケールに呼応しながら、街に開く商業建築が求められた。
建物は1階を歩行者に開いた店舗、2・3階と8階を飲食や物販などの商業フロア、4階以上を事務所やサービス系テナントとする構成である。敷地面積約114㎡という限られた条件の中で、容積率500%を最大限活用しつつ、歩道幅や避難経路、浸水対策など地域特有の制約に対応している。構造・設備・法規の要件を整理し、共通モジュールの平面を積層することで明快な構成を実現した。
外装は、木目の凹凸を持つアスロックパネルに特殊塗装を施した仕上げで構成している。近年の都市商業建築に多いガラス張りのカーテンウォールではなく、壁と大きな開口のバランスによって立面をつくる方針を採用した。ガラスの透明性ではなく、素材の陰影と塗装の深みを通して街に温かい存在感を与えている。開口部の配置は意図的に不均質で、各階のテナント計画に柔軟に対応できるよう設計されているが、それ以上に、三軒茶屋という街の文化的多様性に呼応するランダムなリズムを表現している点に特徴がある。
三軒茶屋は、渋谷や新宿といった都心の商業地区とは異なり、古くからの住宅や小規模店舗、飲食店、アトリエ、ライブハウス、古書店などが入り混じり、世代や業種の異なる人々が自由に行き交う街である。整然とした再開発とは距離を置き、偶発性や混沌、使われ方の重なりが文化を形づくる。本建築では、その「自由な秩序」や「混ざり合う多様性」を建築的に翻訳することを試みた。グリッドを崩した開口の配置は、機能的な合理性のみに従うのではなく、街の自由な空気や、建物同士が少しずつ異なるリズムで並ぶ三茶の風景への応答でもある。
このランダムな開口構成は、外観の表情を豊かにすると同時に、実際の運用にも適している。
全面ガラスのビルでは、テナントが内装をつくる際に配管やバックヤードを隠すため内側からガラスを壁で覆ってしまうことが多い。結果として外観が閉じ、建築としての意図が失われる。また、店舗が広告シートでガラスを覆うことで建物全体が広告に支配されることも少なくない。本建築では、あらかじめ壁を設けることでこうした問題を抑え、建築の統一感と街との調和を維持している。
それぞれの開口には、十字形のサッシを組み込み、腰より上の部分が引き違いで開けられるかたちとなっている。これにより、オフィスとして利用される上層階でも自然換気が可能で、外部とのつながりを感じられる。また、開口の一部は避難バルコニーになっており、バルコニーが立面のリズムの中に自然に組み込まれるよう計画されている。
一般的なガラス張りのオフィスビルでは、モニターへの映り込みや西日の反射を防ぐために常時ブラインドを閉じて運用されていることが多く、外からは閉ざされた印象となりがちである。本建築では、壁と開口を組み合わせることで、日射や眩しさを抑えながらも自然光を柔らかく取り込み、快適な光環境を実現している。木目調アスロックの外壁が光を穏やかに受け止め、時間帯によって陰影を変化させることで、通りに対して穏やかなリズムを与えている。
こうした選択は、単なる意匠上の操作ではなく、街と建築とテナントの関係性をデザインする行為である。グリッドを崩すことで、立面は不均質でありながらも全体として調和し、入居者が変わっても成立する抽象的なフレームとして機能する。街の雑多さを受け入れる余白を残しながら、過剰な演出に頼らない節度ある表現を実現している。
茶沢通りの歩道から見上げると、木目塗装の凹凸が陽光を受けて陰影をつくり、夕刻にはガラス面が内部の灯りが漏れ、バルコニーの軒天井の燻製アッシュに温かく照らす。通りを歩く人々にとって、それは新しい商業ビルでありながらも、周囲の多様な建物と連続して見える風景の一部となる。
三軒茶屋という街は、均質さではなく多様性と自由さによって形づくられてきた。この建築は、その文化に寄り添いながら、ランダムな開口と木質の陰影によって街の自由な表情を映し出す。整然とした秩序ではなく、偶然と人の気配から生まれるリズムの中に、都市の生命力を宿すことを目指した。
- 敷地:東京都世田谷区
- 竣工:2025.11
- 用途:テナントビル
- 規模:地上8階
- 構造:S造
- 敷地面積:112.89㎡
- 建築面積:85.60㎡
- 延床面積:605.11㎡
- 事業主:株式会社シティホームズ
- 設計監理:株式会社キーオペレーション
- 構造設計:構造設計工房 デルタ
- 設備設計:Pros.環境計画株式会社
- 施工:株式会社未来図建設


